令和の時代の衣替え

最終更新: 2019年8月16日

単衣の衣替えの季節に思う、衣替えの新常識。

( 株式会社 月虹舎 | 【 京きもの蓮佳 】制作 絹芭蕉茶屋辻 夏染帯 )


春過ぎて

夏来にけらし

白妙の

衣ほすてふ

天の香具山

(持統天皇)


風薫る初夏となりました。

いよいよ衣替えの季節です。

京友禅のデザイナーをしておりますと、この時期は単衣や夏帯の納品と袷のお手入れのお預かりで大変忙しく過ごしております。


着物の世界では5月末日まで袷(あわせ)と呼ばれれる裏地を付けて仕立てた着物を着用し、6月1日から着物は単衣(ひとえ)という裏地を付けずに仕立てる着物、帯と襦袢、小物が夏物に替わります。

ただ最近は、GWが過ぎると挨拶のようにこんな言葉が交わされます。


「私もう単衣ですねん。」


そうなのです。

温暖化の影響で、段々と衣替えの決まりと実際の気候が合わなくなってきているのです。


京都では、春を告げる梅の咲く頃上七軒、山桜の時期の祇園甲部、紅枝垂の色付く時の宮川町、そして藤の咲く頃先斗町と、次々に花街の踊りの会が催されます。

呉服屋はご新調頂いた着物や帯を初日に間に合わせる為、パンクしそうな仕立て師さんとの押し問答を経て屋形へお届けに上がります。

この時期先斗町の方々からは、着物の仕立てに次のようなリクエストを頂きます。


「胴抜きにしておくれやす。」


胴抜き、とは「胴抜き仕立て」のことで、裾は八掛付き、袖は裏付きながら、背中のところの裏地は無しで仕立てる為、「見た目は袷、中身は単衣」の着物です。

5年程前まではこの仕立て方で着ると幾分暑さはましになりましたが、今年は5月で既に30度超え!

お客様からも単衣の生地自体に対して「暑くて着ていられない!」と悲鳴が上がっています。

呉服業界の方でもこの暑さ対策に、クールビズならぬクール素材の新生地を開発しており、単衣にかかる頃から夏まで着られる新しい生地が今大変人気で、昔からの「絽」の生地は汗をかくと肌に貼りつくと敬遠される方が多いようです。


浴衣ならば涼しいかと言えばそうでもなく、昔ながらの注染で染められる素材は「綿コーマ」というしっかりした厚みのある生地の為、汗は吸いますが風が通らないと、今は専ら「速乾発汗ポリエステル」の新素材が市場を席捲しています。



( 株式会社 月虹舎 | 京浴衣【 はなつぼみ 】制作 速乾発汗かすみ草夏衣 )



ところでこの衣替えという制度は、いつから始まったのでしょうか?

文献によると平安時代、宮中において始まったとされています。

当時は旧暦の4月1日と10月1日に夏服と冬服を入れ替えたそうです。

新暦換算すると今の5月と11月頃に衣替えをしていたようで、気候とも合っています。


また、平安時代の装束は、今の蚕と違い原種の蚕が吐く糸を紡いだ為、非常に薄く軽かったとされています。


「空蝉の 羽におく露の 木がくれて しのびしのびに ぬるる袖かな」

(源氏物語:帚木)


と源氏物語の中で語られる空蝉は、源氏の求愛に気付くと、薄い衣一枚を脱ぎ捨てひらりと逃げてしまいます。

現代の装束は、裳を着けた正装になると総重量が8キロ以上とされていますが、「十二単」と呼ばれるほど衣を何枚も重ねて着ていられたのは、絹の糸質が今と違っていたのです。

空蝉のよう、と例えられる程、夏の衣は薄かったのでしょう。



( 株式会社 月虹舎 | 【 京きもの蓮佳 】制作 苧麻水葵の御所解 夏染帯 )



衣替えはその後江戸期、明治期に大きく2回の変化がありました。

現代に繋がる着物の決まり事は明治期に制定されたものです。

ですがせめて単衣の衣替えの季節だけは、平安期に倣い5月と11月に変えてみてもいいのではないか、と思うこの頃です。

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